三章五幕後半幕間と3.4追加要素のネタバレ
徹頭徹尾個人の感想と妄想です。
ダーニャちゃんが病床に居た保健室に追加されてるシグリカ……。
なんて悲しそうな顔なんだ……。
でもね、メタ的に読むとこれはダーニャちゃんが割と近い内に戻ってくる事の示唆ですね。
※個人の見解です
なんでかって?
ストーリー後に配置されるキャラとして悲しすぎるからですね。
これまでのストーリーでもクリア後のキャラ配置は色々あったけど、こんなに悲壮感出してる配置はないはず。
ツバキとかちょっと寂しさ漂う雰囲気出してるけど、あれはあれでエモの方が強いし……。
一方でシグリカ。
居なくなることを察しながらも1年後の約束を別れの言葉にし、信頼できる大人の漂泊者の「きっとまた会える」に対して、「その時には立派な大人になれてるだろうか」とまだ子供な自覚もありつつ、前を向き受け止めようとしてる健気な姿でストーリーが終わったのに、これ。
何度行っても居るはずのない病室にあしげく通い、空いたベッドに親友の幻を見るシグリカのあの悲痛な表情。
こんな悲しいキャラ配置があって良いはずが無いよねぇ!!!
※個人の感想です。
だってこれで帰って来るのが何年も先、もしくは本編で帰ってくることは無かったらさ、もうずっとこの先シグリカはこうやって病室で悲痛な面持ちをしているキャラになってしまうんだよ。
PVやらでチラ見せされている夢州っぽい所で新しい出会いとかなんだとかあってもさ、ラハイロイのスタートーチ学園の保健室に戻ってきたらそこにはシグリカが悲しみに暮れているんだよ。
そんなの「影に染まることのない黄金」なんて章タイトルを引っ提げ、ダーニャのあのムービーで虚無と暗闇からダーニャを引き上げた光として似つかわしくない……。
アブもそう言ってる。
そうだよなクロゲ……。
※個人の感想です。
いやね、ちょっとシグリカがきつすぎると思うのよね。
ここまでしなくてもいいだろうと。
シーズン・イン・ザ・サンが終わった時点でシグリカの悲しみも苦悩も十分なぐらい出ていると思うわけ。
ユーザーの心の中できっとダーニャを思って枕をぬらす夜もあるんだろうって気持ちになるわけ。
それを実体として表現するのってだいぶ感じ方が違うと思うんだよね。
でも敢えてこれを追加して悲しみの気持ちを強めてるのって、この先の展開への緩急の幅をよりつけるためだと思うんですよね。
「エイメス」の存在みたいに、一旦区切りにはなっているし、別軸のストーリーが動いてる状態だけどその配置キャラを見る、近くを通ることでその時のストーリーの感傷が蘇るみたいな狙いがあるんじゃないかと思うんだけど、それって常態化するとどんどん薄れていくんだよね。
そもそも戻ってくる話をしないならコラボで印象薄れてしまうかも知れない所でこうやって人の心無いんかぁ?という話題性も持たせて意識させておく必要って無いと思うので、そういう所も次への準備って感じ、するよね。
※個人の感想です。
深層空想秘境のダーニャちゃん部分で特殊な環境っぽいっていうナビゲーションの文章が出るのもなんだか意味深だと思いませんか!?
※個人の感想です。
でさ、ダーニャちゃんの好感度5のストーリーを見たわけよ。
ダーニャちゃんをめぐっては凄い色んな考察があって、特にループについては侃々諤々の意見交流が行われてるけど、自分は最後のあの描写はやっぱ再会だと思うんだよね。
難しいことはわかんないんだけどさ、物語として幕間最後のダーニャちゃんの「いい結末を迎えられる」は絶対に回収されるべき言葉だと思うので……。
本編で別れを告げたキャラのその後が描写されているストーリー部分の一番最後の描写っていう結末に当たる部分にいい結末が用意されてなかったら流石にね、っていう気持ちです。
でもこれ、逆に言えばダーニャちゃんの結末はここであって、鳴潮というゲーム中の本編として書かれることはないのかもしれないって思うとそれはそれで悲しい。
いや、このいい結末が好感度ストーリーの中で書かれたからといって、具体的内容を本編でやってはいけないわけではない!
むしろ解答としてやるべき。
シグリカがディーマープレーンズにダーニャちゃん探しに行こうとしてるのも伏線に違いない。
きっと来年の今頃、ストライダーアンカーあたりでなんやかんやあって一緒にケーキを食べるんだ。